発達障害の過去は“リセット”できる?社会的治癒で「うつ病の初診日」を勝ち取るための超専門的戦略

「子供の頃、発達障害の傾向を指摘されたことがある」
「大人になってからADHDと診断され、その後、うつ病を発症した」

もし、あなたがそんな経緯をたどってきたのなら。
そして今、うつ病の苦しみの中で、障害年金の請求を考えているのなら。

どうか、この記事を読み進めてください。
なぜなら、その「発達障害の過去」が、今のあなたの障害年金申請において、思わぬ“足かせ”になる可能性があるからです。

こんにちは。愛知県春日井市で、精神疾患の障害年金を専門とする社会保険労務士の渡邊智宏です。私自身も双極性障害の当事者として、この複雑な制度と向き合ってきました。

この記事は、少し専門的で、難しい話かもしれません。
しかし、これは、一見すると絶望的に思える状況からでも、逆転の可能性を見つけ出すための、極めて重要な「法的な技術」についての話です。

あなたの「今」の苦しみを、過去の病歴によって不当に扱わせない。
そのための、専門家としての私の思考プロセスと戦略のすべてを、あなたにお伝えします。

〈目次〉

はじめに:なぜ、発達障害の過去が「うつ病」の障害年金の壁になるのか?

【第一の壁】「相当因果関係」という、見えない鎖の正体

障害年金の世界には、「相当因果関係」という、非常に重要で、少し厄介な考え方が存在します。
これは、簡単に言えば、「前の病気がなければ、後の病気は起こらなかった」と医学的・社会通念上考えられる場合に、その二つの病気を「一つの連続した病気」として扱う、というルールです。

例えば、糖尿病を長年患っていた方が、その合併症として糖尿病性網膜症を発症した場合。この二つには、明確な医学的因果関係があります。そのため、障害年金の審査では、これらは一体のものとして扱われます。

この考え方が、なぜ障害年金でそれほど重要なのか。
それは、相当因果関係が認められると、後から発症した病気の「初診日」が、原因となった前の病気で初めて病院にかかった日まで、遡ってしまうからです。

先ほどの糖尿病の例で言えば、網膜症で初めて眼科にかかったのが10年後だとしても、障害年金上の初診日は、その原因である糖尿病で10年前に初めて内科にかかった日になるのです。

あなたの初診日が、勝手に過去へ遡ってしまう恐怖

この「初診日の遡り」は、時に、請求者にとって致命的な不利益をもたらします。

10年も経っていれば、最初の病院のカルテは破棄されているかもしれません。そうなれば、初診日の証明ができず、請求そのものが不可能になる。
あるいは、10年前の時点では、年金保険料を納めていなかったかもしれません。そうなれば、「納付要件を満たさない」として、不支給になってしまう。

そして、この「相当因果関係」という見えない鎖は、精神疾患の分野で、特に大きな問題を引き起こしているのです。

厚生労働省は、なぜ発達障害とうつ病を「一体」と見なすのか

「子供の頃、発達障害を指摘されて受診したことがある人が、大人になってからうつ病になった」

このケース。あなたなら、発達障害とうつ病は「別の病気」だと考えるかもしれません。しかし、障害年金の審査(厚生労働省・日本年金機構)では、原則として、この二つは「相当因果関係あり」、つまり一体のものとして扱われます。

なぜか。そのロジックは、以下の通りです。

  1. 発達障害の特性: 発達障害には、コミュニケーションの困難さ、対人関係の苦手さ、不注意、強いこだわりといった、生まれ持った特性がある。
  2. 社会生活上のストレス: これらの特性により、学校や職場といった集団生活で、周囲との摩擦や失敗を経験しやすく、強い心理的ストレスに晒されることが多い。
  3. 二次障害としての発症: この持続的なストレスが原因となり、適応障害やうつ病、不安障害といった「二次障害」を発症することは、医学的にも一般的である。

この論理に基づき、「発達障害という特性がなければ、社会生活上の多大なストレスは生じにくく、結果としてのうつ病も発症しなかった可能性が高い」と判断されるのです。
このルールによって、あなたの「うつ病」の初診日が、あなたの記憶からも薄れた、子供の頃の「発達障害」での受診日まで遡ってしまう。

その結果、

  • 本来もらえるはずだった障害厚生年金が、障害基礎年金になってしまう(金額が大幅に減る)。
  • 20歳前の受診とされ、所得制限の対象になってしまう。
  • 古い初診日の証明ができず、請求を断念せざるを得なくなる。

そんな、理不尽とも思える事態が、現実に、数多く起きているのです。

【壁を壊す鍵】「社会的治癒」というリセットボタンの存在

では、この「相当因果関係」という、強力な鎖に、なすすべなく縛られるしかないのでしょうか。

「確かに、子供の頃に発達障害の傾向はあったかもしれない。でも、その後、何年も、何十年も、普通に学校に行き、普通に働いて、問題なく暮らしてきた。それを、全部ひとまとめにされてしまうのは、あまりにも理不尽じゃないか」

その、あなたの真っ当な反論を、法的に後押ししてくれる考え方。
それこそが、「社会的治ゆ」という、いわば“リセットボタン”です。

「社会的治ゆ」とは何か?過去をリセットするための考え方

「社会的治ゆ」とは、
「一定期間、医療(治療や投薬)を必要とせず、社会生活を普通に送ることができていたのなら、医学的には完治していなくても、法律上は一度治ったと見なす」
という、障害年金独特の、非常に重要な考え方です。

この「治った」という事実が認定されることで、過去の病歴がリセットされ、その後、再び症状が悪化して受診した日が、新たな「初診日」として認められるのです。
これにより、ずっと前に発症した病気と、今の病気を、法的に「分離」させることが可能になります。

認められるための「4つの条件」とは?

ただし、この「社会的治ゆ」は、誰にでも簡単に認められるわけではありません。あくまで例外的な扱いであり、審査で認められるためには、いくつかの厳しい条件をクリアする必要があります。
一般的に、以下の4つの要素が、総合的に判断されます。

  1. 治ゆしていた期間の長さ:
    前の病気と後の病気の間に、相当な期間が空いている必要があります。明確な基準はありませんが、実務上は「おおむね5年以上」が一つの目安とされています。
  2. 医療の中断状況:
    その期間中、原則として治療や投薬を受けていないことが求められます。ただし、症状が安定し、予防的・経過観察的な目的での受診やごく少量の投薬であれば、認められるケースもあります。
  3. 社会生活の状況(就労):
    これが最も重要です。「社会的」とあるように、その期間、学校に通ったり、仕事をしたりといった、一般的な社会生活を、特段の支障なく送れていたことが、客観的な事実として証明されなければなりません。特に、一般雇用でフルタイム勤務を継続していた事実は、非常に強力な証拠となります。
  4. 症状の安定度:
    日常生活において、病気の症状がほとんど現れていなかったこと。

これらの条件を、あなたが「申し立て」、そして年金機構に「納得させる」ことができて初めて、「社会的治ゆ」というリセットボタンが押されるのです。

【核心】合わせ技で勝つ!社会的治ゆで「相当因果関係」を断ち切るロジック

ここまで、「相当因果関係」という壁と、「社会的治癒」という鍵について、解説してきました。
ここからは、いよいよ、この二つを組み合わせた「合わせ技」で、いかにして不利な状況を覆すか、その思考プロセスと戦略を、具体的に見ていきましょう。

ケーススタディ:29歳うつ病、でも初診日は10歳?この矛盾をどう覆すか

次のようなケースを考えてみましょう。

  • 10歳: 不登校気味で、発達障害の疑いがあるとされ、A病院を数回受診。しかし、その後は特に治療もせず、普通に高校・大学を卒業。
  • 22歳~28歳: 一般企業の正社員として、フルタイムで6年間勤務。特に大きな問題はなかった。
  • 29歳: 職場の環境変化をきっかけに、抑うつ症状が強くなり、Bクリニックを受診。「うつ病」と診断される。(この時点では、厚生年金に加入中)

この場合、原則通りに判断すれば、10歳の時の発達障害と29歳の時のうつ病は「相当因果関係あり」と見なされ、初診日は10歳のA病院受診日となってしまいます。
その結果、本来もらえるはずだった障害厚生年金ではなく、所得制限のある障害基礎年金(20歳前傷病)の対象となってしまう、という大きな不利益を被ります。

しかし、ここで「社会的治癒」のカードを切ります。
大学卒業後、うつ病を発症するまでの6年間。この期間、彼は治療を受けることなく、一般企業の正社員として、フルタイムで働き続けていました。これは、「社会的治癒」の条件を満たす、極めて有力な事実です。

この事実を基に、「10歳の受診と29歳の受診の間には、6年間の“社会的治ゆ”の期間が挟まっている。したがって、両者の相当因果関係は断ち切られており、うつ病の初診日は、29歳のBクリニック受診日であるべきだ」と、力強く主張するのです。
これが、「社会的治ゆ」で「相当因果関係」を断ち切るという、逆転のロジックです。

実際の成功事例から学ぶ、審査官を説得するためのポイント

このような主張は、単なる机上の空論ではありません。
実際に、不服申立ての場で、同様のロジックが認められた裁決例が存在します。
ある事例では、幼少期に発達障害と診断されたものの、その後20年間、精神科への受診歴が全くなく、その間、15年間にわたり、一般企業の正社員として、特段の配慮もなく継続的に勤務していた事実が認められ、見事に「社会的治ゆ」が認定されました。

この成功事例から、私たちが学ぶべきこと。それは、「主張」と「証明」の重要性です。
「社会的治ゆ」は、自動的に認められるものではありません。

  • いつから、いつまで、病院に行っていなかったのか。
  • その間、どのような学校生活を送り、どのような仕事に、どれくらいの期間、従事していたのか。
  • その仕事は、誰かの特別な助けがなければ成り立たないようなものではなかったか。

これらの事実を、あなた自身が、病歴・就労状況等申立書の中で、明確に、そして論理的に「申し立て」る必要があります。
そして、その申し立てを裏付けるための「証明」、つまり客観的な証拠があれば、主張の信憑性は、飛躍的に高まります。
例えば、学校の成績証明書や卒業証明書、会社の在籍証明書や同僚の証言など。これらは、あなたがその期間、「問題なく社会生活を送れていた」ことを示す、何よりの証拠となるのです。

まとめ:あなたの「今」の苦しみを、正しく評価してもらうために

障害年金は、あなたの過去の病歴だけを取り扱うための制度ではありません。
「今」、あなたが、どれだけ生活に困っているのかを評価し、支えるための制度であるべきです。

「相当因果関係」というルールは、時に、その理念とは裏腹に、私たちを過去の病歴で縛り付けます。
しかし、「社会的治ゆ」という考え方は、その鎖を断ち切り、あなたの「今」の苦しみを、正しく評価してもらうための、強力な武器となり得ます。

年金をめぐる法律やルールは、長年の知見が積み重なり、非常に複雑化しています。
しかし、その複雑さの中にこそ、あなたを救うための「例外」や「ワザ」が、隠されているのです。

そうした複雑な規定を駆使し、高度な主張を組み立て、あなたにとっての最適な給付を目指す。
それこそが、専門家である私たち社会保険労務士の、本当の仕事です。

もし、あなたが「過去の発達障害の診断」が原因で、障害年金の請求を諦めかけているのなら。
あるいは、一度不支給になってしまい、途方に暮れているのなら。
どうか、一人で結論を出さないでください。

あなたの過去の経緯を、丁寧に、そして専門家の視点で紐解けば、一見、不利に見える状況からでも、逆転の可能性を見つけ出せるかもしれません。
あなたのケースにも、「社会的治ゆ」という光が、きっと差すはずです。

 

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