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エアコン29度設定は許されるのか? 熱中症対策との関係から

暑いですね・・・
ここ数日でいきなり暑くなってきました。
表に出ると溶けてしまいそうな熱気です。群馬県の館林では39.2度というとんでもない気温を記録しております。まだ7月中旬だと言うのに。
それでも節電が要請されている昨今、よく言われているのがエアコン28度設定です。
が、原発問題などもあって、さらに節電しようと思われる向きもあるかもしれません。
エアコン設定29度。
果たしてこれは許されるのか、というのが今日のお題です。
エアコン設定温度29度は違法なのか?
どういうことかと言うと、安全衛生法によるとエアコンの設定温度は28度以下でなければならないと書いてある。したがって29度では安全衛生法違反だ、という説があるのです。
安全衛生法というのは、仕事場で働く人たちの安全と健康を守るための基準を定めた法律です。あまりにも過酷な環境で働くと、熱中症や脱水症状など労働者の健康を害するという理由からそのような規定があるものと推察します。
法律にはなんて書いてあるの?
そうした疑問を解決すべく、まずは基本として、法律原文に当たることにしましょう。
そうすると、事務所衛生基準規則なる規則が出てきました。法律ではなく、安全衛生法に基づいて制定された規則に書いてあるんですね。
で、その該当箇所です。
事務所衛生基準規則 第二章 事務室の環境管理(第二条-第十二条)
第五条(空気調和設備等による調整)
3 事業者は、空気調和設備を設けている場合は、室の気温が十七度以上二十八度以下及び相対湿度が四十パーセント以上七十パーセント以下になるように努めなければならない。
これを見ると、確かに空調設備がある事業所は、17度から28度にしろ、と書いてあります。じゃあ、やっぱり29度設定は法律違反か、というとそうでもないのです。
注意していただきたいのは、この法律の語尾、一番最後のところです。
「なるように努めなければならない。」と書いてあります。
いわゆる努力規定というものです。これはまさに文字通り「努力してね」ということです。
つまり、努力してがんばったけど駄目だった、はOK、通ります。
この場合、がんばって28度に設定しようとしたけれど、どうしても日本全国の電力需給を考えると夜も眠れず、つい29度にしてしまった、というのは法律違反ではない訳です。この法律・規則だけから判断すれば。
厚生労働省の言い分は・・・
しかし、この点については、やはり厚生労働省も関心を寄せていて、この事務所規則と節電要請の関係についての立場を表明しています。
平成24年6月6日付けで「今夏の電力需給対策を受けた事務所の室内温度等の取扱いについて」という通達です。
これによると、
電力抑制のため室温を引き上げる場合には、まずは、28 度とするよう努めること。さらに、電力抑制のための事業者の自主的な取組として室温を29度に引き上げることも考えられるが、その場合には、職場における熱中症を予防するため、平成21年6月 19日付け基発第0619001号「職場における熱中症の予防について」に基づく熱中症予防対策を、当該事業場において講じること。
となっています。やっぱり基本は28度でやってほしい。どうしても29度に引き上げるのなら、熱中症予防の対策をとってもらわないと困るよ、ということです。
熱中症対策
では、その熱中症対策って何でしょうか。
こちらも平成21年6月19日付けの通達「職場における熱中症の予防について」があります。
それによると、
【設備面】
・熱い機械と労働者を遮る遮蔽物を造れ
・屋外なら直射日光等を遮る屋根を造れ
・散水するなら、その後の温度上昇にともなう湿度上昇に配慮せよ
・近くに冷房のある休憩所を用意しろ
・氷、冷たいおしぼり、シャワーなど身体を冷やせるもの、水分、塩分補給のための飲料水を備え付けろ
【作業管理】
・休憩時間を確保して連続作業を短縮し、作業強度の強いものを避けよ
・熱への順化(慣れて適応すること)の期間を設けよ
【指導】
・本人の自覚症状の有無にかかわらず、水分、塩分の摂取を指導しろ
・通気性の良い服を着るよう指導しろ
・屋外なら帽子着用を指導しろ
・熱中症をの兆候を発見するために頻繁に巡視しろ
・兆候があったら速やかに作業を中断させろ
・睡眠不足、体調不良、前日の飲酒、朝食の未接種などの日常の健康管理の指導をしろ
・作業開始前に健康状態を確認しろ
・あらかじめ病院等の所在地、連絡先を把握しろ
・熱中症の疑いがあったら、涼しい場所で身体を冷やし、水分、塩分を摂取させろ
といったことが長々と書いてあります。
もちろん、これらを守らず熱中症などで事故が起こった場合、会社は安全配慮義務違反で損害賠償請求を受ける可能性が出てきます。
29度設定にしなかったとしても、熱中症などの対策は必要かとは思います。が、29度設定にした場合はこれらの対策を講じろ、と名言している以上、なにかあった時にはより厳格に見られてしまうと予想されます。
そう考えると、29度設定というのは安全管理上、又、会社のリスク管理上全くオススメできないと思います。
梅雨から夏への変わり目は熱中症に大注意!!
また、上記の熱中症対策は、エアコンなどの設備がない作業所や、屋外作業などの場合は、問答無用で必要になってくると思います。
水や休憩スペースなどは随時確保するのでしょうが、事業主側の指導などはおろそかになりがちです。特に日常健康管理の指導をしっかりやるのは難しいかもしれません。
それでも、せめて朝、始業前に健康状態を確認しておくことは熱中症に限らず多くの事業場内災害を防ぐ有効な手立てだと思います。
また、現場のリーダーが折に触れて声をかける。こうしたことが社員の健康を守り、ひいては会社のリスクを低減させるものなのだと思います。
足と脳は神経でつながっているのです
今、障害年金用のリーフレットを作成しておりまして、その原稿を考えているのですが、これが中々に難しいものです。
最初に、こんなものかな、と叩き台的なものを書いて、デザインラフを起こしてもらいました。そうして改めて形にしたものを見てみると、これがさっぱり納得がいかないのです。
どうにも説明くさい。
というか、完全に「説明」になってしまっていて、まるで役所のパンフレット。
これを見て、よし、障害年金を頼んでみよう、という気になるかというと甚だ疑問なのです。
文書やレイアウトなどの推敲に一週間の時間をもらい、明日がそのリミットです。そういう訳で、今日もコメダコーヒーに立て籠もり、紙を前にうんうんとうなっておりました。
散々あれこれ書いた挙げ句に、ようやく自分の文書が「説明」にしかなっておらず「説得」的でない事に気づき、書き直しを始めましたが、時、既に遅し。
体力の限界。
脳みそが豆腐のようにグニャグニャになってしまって、それ以上進まなくなってしまいました。
これまでコメダは最高の外部事務所だと思っていたのですが、今日、一つの欠点に気づいてしまいました。
思考が停まってしまった時に歩いてウロウロとほっつき歩けないという事です。
私は昔から仕事に詰まるとそこら中をウロウロと歩き回って考え事をする癖がありまして、それで同僚などからは「熊のようにうろつくな」と苦情などをいただいておりました。さすがに喫茶店でウロウロしていたら不審者なのでこれができないのです。そうすると、足が動かないから頭も動かない。
どうやら足と脳みそは連動しているらしいですな。
そんな訳で、相も変わらずリミットギリギリの明日にかけるという、毎度おなじみ崖っぷち作戦。
ものをつくる事の難しさを痛感している日曜午後8時なのでした。
社員の健康をめぐる論点 安全配慮義務

今日は労働法の勉強会に出席しました。
石嵜先生という労働法界隈では大変高名な方のセミナーです。大変アグレッシブな論を展開される先生で、毎回知的好奇心を呼び覚まさせてくれる先生です。
さて、そのセミナーの中で今日もっとも強調されていた事の一つに、社員の健康問題がありました。
今、未払い残業代などが社会問題化しようとしていますが、今後の展開は社員の健康問題に発展していくだろうという予測です。健康問題こそが現代の企業にとっての喫緊の課題であるととらえています。
過労死は月80時間以上の残業で問題化!!
最近では居酒屋チェーンのワタミの従業員過労死問題が話題になっていました。ワタミの件は、会長の渡邉美樹氏のツイッター上での発言が炎上の元でしたが、発端は過労死事件です。
自殺のワタミ社員、労災認定=「長時間労働のストレス」―神奈川
居酒屋「和民」を展開するワタミフードサービス(東京)の社員だった森美菜さん=当時(26)=が2008年に自殺したのは、長時間労働によるストレスが原因だったとして、神奈川労働者災害補償保険審査官が労災適用を認める決定をしていたことが21日、分かった。決定は14日付。
5~7日間連続の深夜勤務など長時間労働で、時間外労働は月100時間を超えた。入社約2カ月後の同年6月、自宅近くのマンションから飛び降り自殺した。
今日の石嵜先生の話にも出てきましたが、やはり月80時間以上の残業は問題となってくるようです。労働基準法の改正により、月60時間以上の残業代が2割5分増から5割増に変わった事から、今後の社会情勢的には週60時間が一つの分水嶺になるとの見解もありました。経営の問題もあるけれど、今なら80時間、将来的には60時間を超す残業は相当にリスキーな事になります。
安全配慮義務違反についての新判例 裁判費用は誰が払う?
こうした社会的な動向に呼応するかのように、新しい判例も出てきています。
安全配慮義務違反の賠償でも弁護士費用は請求可能
プレス機にはさまれて指を切断してしまった労働者が、会社側を安全配慮義務違反で訴えた、という事件です。
この裁判にかかる弁護士費用をどちらが負担するのかという点が問題となりました。長くかかる裁判の費用は無視できない金額、数十万~数百万円規模になります。
安全配慮義務というのは、会社が人を雇う場合、働く環境を安全に保つ義務があるという事です。社員が仕事中に怪我や病気にかかるという事は、この安全な環境が保たれていなかったからだ、弁償しろ!という主張が成り立つのです。社員の安全を確保する義務があるのに、それを果たしていないのだから債務不履行だ、という事です。
この時の裁判費用が損害に含まれるのかどうかというのがこの判例の論点です。
これまでの通説では債務不履行の場合は弁護士費用は損害に含まれないとされていました。
債務不履行が問題になるのはお金の支払い問題であるという前提で法律がつくられていました。お金の問題であれば法定利息というのが決まっていたので、争いに必ずしも弁護士をたてる必要はないだろうという判断があり、弁護士費用は損害に含まれないと考えられていたのです。
しかし、今回の判決では、裁判費用が損害に含まれるとされました。これは、この事件が単純な金銭問題ではなく、弁護士を立てて争わなければ到底解決できない難しい事案だと判断したからです。そして、弁護士を雇わなければ解決できない裁判をしなければならないのは、義務違反をした会社の責任であり、損害に含まれるのだ、という事なのです。
長時間労働による過労自殺やうつ病罹患などで訴えるときも、この判例と同じく安全配慮義務違反で訴えることが多いのです。そうすると、同じ理屈を使う事で、さらに会社側の負担が増える可能性が出てきました。
会社側としては、ますます厳しい情勢となってきています。
社員の過労を防止するためには「睡眠管理」が必要不可欠!
やはりこうした問題は、裁判などの争いになる前に食い止めることが一番大切でしょう。戦ったら負けです。戦わないための施策こそが重要なのです。
そもそもそんな長時間労働をさせないという事が一番大切です。が、それができない場合は、社員の健康管理をしっかりする事が必要になります。睡眠不足は人をうつ病にさせる大きな原因であり、また同時にうつ病の解りやすい症状でもあります。
健康管理というと難しいですが、社員1人1人がよく眠れているかどうかを確認するだけでも違ってきます。単に睡眠時間が確保できているかだけにとどまらず、その睡眠の質も良いのかどうかが問題です。十分な睡眠時間があっても、浅い睡眠しかとれていなければメンタルは壊れてしまいます。朝起きた時の睡眠の充実感が得られているか、疲労は回復しているか、そういったところに重点を置いた睡眠管理が大切です。
週に一回でも、月に一回でも、社員1人1人がきちんと眠れているかどうかを確認してください。眠れていない人がいたら、必要な指導をするなり、メンタル系の病院を受診させるなりの対応をとれます。睡眠導入剤を飲むだけでもだいぶ違います。また、会社が睡眠時間について指導する事で社員も睡眠について注意を向けることになります。
メンタルの管理は第一に睡眠です。そして、メンタルの不調も睡眠に出ます。社員の睡眠に注目してください。
有期労働への規制は強ければ強い方が良いのか?
今朝、中日新聞を見ていたらこんな記事が。
厚生労働省の検討している有期労働契約への規制が甘すぎるという内容です。
厚生労働省の考えてる規制は、有期労働で雇える期間は5年までとする内容です。これは一回当たりの契約の期間の事ではなく、何回か繰り返して契約した場合でも、上限は5年、という意味です。これに対して十分な規制でない、というのがこの記事の主張です。
有期雇用の新しい規制の問題点とは?
現在の有期雇用に対する規制は、一回当たりの契約期間の上限を3年と定めるだけです。何度もこの契約を更新したからといって必ずしも正社員にしなければならないという規制はありません。もっとも、裁判では状況次第では正社員と同じ無期雇用と認められるケースもあります。そのあたりの事を踏まえて、繰り返し契約でも5年まで、とする規制案となっているのでしょう。
が、その中に、6ヶ月の期間をおいて改めて雇い入れた場合は通算の年数がリセットされるという、いわゆるクーリング期間制度も盛り込まれており、「抜け道」があるとして批判しています。
さらにもう一歩踏み込んだ規制として、有期雇用の誰かを期間満了を理由に雇い止めした場合には、新たな雇用は禁止すべきだ、とまで主張しています。
それで事態は改善するの?
気持ちは解らないでもないですが、この主張通りの法規制が行われたとして、本当に有期雇用労働者の雇用環境が改善するでしょうか。
おそらく全く逆の効果をもたらすと思います。
人を雇うなら必ず正社員でなければならないという主張はよく聞きます。しかし、日本に解雇規制も大変強く働いており、一度雇ったら会社が潰れるほど苦しくなければ辞めさせられないという状況にあります。
そうすると、雇うなら正社員。ひとたび雇ったら定年まで辞めさせられない。年金が払えないから定年はどんどん延長しろ、という状態になっています。人を1人雇えば、そこにかかる費用は賃金だけでは済まず、2億円以上かかるといわれています。絶対に解約できない2億円を50年近い分割払いで契約しろ、と言われているのと同じです。半世紀先の状況など解らないのですから、企業が雇用に積極的にならないのは当たり前です。
では、企業としてはどういう選択をするのか。ただでさえ安い海外の賃金との競争に疲弊しているのです。当然、さっさと海外に移転してしまうことでしょう。折しも家電製造業がソニーを始め軒並み巨額の赤字発表をしたばかりです。もはや日本の製造業には過大な期待を背負えるほどの競争力はないでしょう。
生き残りをかけて海外へ移転し、人材も海外から調達するようになるでしょう。
これまで雇用されていた人々は、日本での居場所はなくなってしまうかもしれません。
それは非正規社員だけの問題にとどまらないと思います。会社機能をほとんど海外に移転するような事態となれば、正社員は正社員で二度と帰ってこられない海外移住か退職の二択を迫られるのではないでしょうか。
有期雇用や派遣などの非正規雇用についての規制を極度に強化してしまうと、日本には企業が残らず、正社員もろとも路頭に迷うという時代が来るかもしれません。
では今のままで良いのか
しかし、そうは言っても正社員と非正社員の格差はとても大きなものがあり、社会のありようとして看過できるものでもありません。このままの状態を放置すれば、社会はより一層不安定となり、没落の道を歩むしかなくなります。
この二律背反をどうすればよいのでしょうか。
現実的な改善案はないでしょう。このまま日本はズブズブとゆっくり沈んでいくのか、あっけなく一気に沈んでしまうのかのどちらかのように見えます。だったらいっそドラスティックな改革をした方がマシかもしれません。
正規社員と非正規社員の格差を改善するために非正規社員についての規制を強化する、というのではあまりにも素直すぎます。逆転の発想で、正規社員を規制してしまってはどうでしょうか。
つまり、正社員制度の廃止です。
そもそも、一回の有期労働契約の上限3年としているのは、長期の労働契約は労働者を縛ってしまうのでよくない、という発想から来ています。であれば、期間の定めがないという正社員の契約はもっとケシカランという事にならないでしょうか。事実、正社員の座に固執するあまりメンタルヘルスになっても会社を辞められず自殺に至るケースというのは後を絶ちません。
劇的な変革を!
だったら全員正社員でなければいいのです。
これは、自分だけで墜ちていくのは嫌だから全員道連れ、というような後ろ向きの考えではないのです。
今、再就職が難しいのはなぜでしょう。景気が悪いから?それもあるでしょう。しかし、一番問題なのは、一度雇われたら、どんなにダメでも、どんなに必要なくても絶対安泰の正社員が社内に居座るからです。そして、そういう状態だから会社は怖くて人を雇えない。
逆にいつでもクビを切れると思えば会社も雇用を増やすはずです。
能力に応じて、景気に応じて、いつでも解雇できる。にも関わらず雇用は改善する。クビになったって他に景気のいい会社があってそこが求人を出しているから気にならない。
むしろ一つの会社に人生を捧げるという会社人間のくびきから脱することで、余暇を、人生を楽しむライフスタイルが実現するような気がします。社会全体も、有能な人が有望な会社に集まる傾向が強まるので競争力も高まります。会社にとっても、労働者にとっても、社会全体にとっても良い。三方良しの状態ができあがるのです。
それができる日本なのか
問題は、そういう改革が実現できるのか、という事ですね。
今の日本では無理でしょう。でも、かつて江戸時代の爛熟文化から一転、欧化政策に邁進し、アジアで最初に近代化を遂げた国でもあります。文明開化の前夜、日本にそんな改革の機運があったでしょうか。おそらくは黒船から始まる巨大な危機感に追い詰められ、どうしようもなくなってできた改革だったのでしょう。追い詰められたネズミ状態になったとき、日本という国は豹変すると信じています。
今はまだ追い詰められ方が足りないだけ。もっと不景気で、もっと混乱した状態。
たとえば国家の財政破綻とか。
そうなったとき日本人は覚醒するのではないでしょうか。
省庁が省庁に指導!? 総務省が厚生労働省に改善勧告
総務省が厚生労働省に改善勧告を出す、というよく解らない事態が起こっているようです。
ハローワーク:相談の7割、記録なし 改善を勧告--総務省抽出調査
公共職業安定所(ハローワーク)の職業紹介業務を巡り、求職者から相談を受けながら、内容を記録していないケースが相次いでいることが31日、総務省の調査で分かった。全国545カ所のハローワークのうち31カ所で求職者930人、1395求人について抽出して調べたところ、延べ1万682件のうち71%に当たる7589件で、職業相談の内容や求人紹介に関する記録がなかった。総務省は同日、厚生労働省に改善を勧告した。
職業紹介や職業訓練の相談を受けた場合、担当者がシステムに具体的な内容を入力することになっているが、日付だけの記録が相次いだ。このほか、求職者の「希望勤務地」を把握していない事例が29カ所117人あった。総務省が全国のハローワークに関して改善勧告を行うのは初めてで、「基本業務の一層の徹底が必要」と指摘している。
どうやら、ハローワークの仕事ぶりがあまりにもお粗末なので、総務省が調査に入り、その杜撰さに驚いて勧告を行ったという事のようです。
リーマンショック以来の不況に加え、震災・原発問題など、ますます悪化する雇用情勢の中、仕事探しの中核を担うハローワークがキッチリした仕事をしていないとは、何とも嘆かわしい事です。しかも、それを他の省庁にすっぱ抜かれて勧告を受けるというのですから、厚労省としては恥の上塗りです。
年金問題も解決していないまま、ずるずると来ている今、厚生労働省に組織としての自浄作用が備わっていないのは明らかでしょう。
そして、何より問題だなと思うのは、このニュースを聞いても、「あの厚生労働省なら、そういう事もあるだろうなぁ(ため息)」と思ってしまうことです。厚生労働行政に対する信頼は完全に地に墜ちています。
こんな体たらくだから、若者は年金払わず、職探しの振りをして失業手当の延長受給ばかり考えてしまうのではないでしょうか。
我々社労士の親分省庁でもあるので、なんとかしっかりやってほしいものです。
パワハラの公式見解発表 会社としてできる事/やらなくてはならない事
昨日のNHKニュースでも報じられていましたが、パワーハラスメントについて、初めて行政が定義を発表しました。
それによりますと、
職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
となっています。
パワハラの定義のポイント
ここでのポイントは、
(1) 職場内の優位性を背景
(2) 業務の適正な範囲を超え
の二つが重要でしょう。
まず、(1)についてですが、「職場内の優位性」と言う事は、必ずしも「上司⇒部下」だけを意味しないという事です。
ここで言う優位性とは部長や課長などの職務上の「地位」に限りません。人間関係や専門知識などに基づく優位性なども含むとされており、例えば、先輩・後輩関係や同僚同士に加え、部下⇒上司でも成り立ちます。
例えば、年上の部下や古株社員など、職場の人間関係や専門知識などで支配的な立場にある人ににらまれる気弱な上司というような事も考えられます。
「パワハラ」と言った時に、「上司の暴言」というような固定的な発想だけでなく、より広い範囲で考える必要があるという事です。
次に、(2)についてです。
どれくらいの事をしたらパワハラになるのか、という事の指針です。
パワハラの具体例として、本人の能力からすると相当に低いレベルの仕事をやらせる、というものも含まれています。では、どんな場合でも本人の能力に見合った仕事以外はさせてはならないのかと言えば、そうではありません。あくまで業務の適正な範囲内であれば仕方がないという判断になります。例えば、トイレや事務所の掃除といった事は日常的に職場でも行っていると思います。そういった仕事が自分の能力に見合っているとはいえないというケースが多いと思います。しかし、普通の状況であれば、事務所をきれいにするという事は必要な仕事と考えられますから、「業務の適正な範囲」内であると考えられます。
一方で、他にも社員がいるにも関わらず、その人だけに押しつけたり、制裁的に行わせる、となると業務の範囲とは言えなくなってきます。
あくまで仕事に必要な範囲内であるかどうか、という視点が大切となってきます。
パワハラの具体例
では具体的にどういった行為がパワハラに当たるのか、という点について、さらに詳しく見ていきます。
厚生労働省の発表した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」によれば、パワハラは以下の6つの類型に分ける事ができます。
1 暴行・傷害(身体的な攻撃)
2 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
3 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
4 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
5 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
6 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
この中で、1の暴行・傷害や2の脅迫・名誉毀損・暴言などは程度によっては犯罪行為になってしまいます。議論の余地なく「業務の範囲外」と言い切れます。
3の隔離や無視と言った行為も、度が過ぎれば人権問題に発展し得ます。また、仕事上必要であるとは言えませんから、ほとんどの場合「業務の範囲外」と言えそうです。
難しいのは4~6でしょう。
4、5は仕事の内容と個人の能力の問題です。
できそうもない仕事をやれと命じられた方は、「ひどい話だ、パワハラだ」と感じるかもしれませんが、会社としてはそれは難しくても実行しなければならないプロジェクトかもしれません。仕事内容と能力のバランスになりますので、簡単な線引きは難しくなってきます。
6の私的な事への干渉となると、相当微妙な問題となってきます。どこまでが過度なのかも仕事によって違ってくるでしょう。例えば、医師という緊急性を伴う仕事であれば、休日にどこにいるのか、といった私的な事まで把握されている必要もでてくる事もあります。
そうして考えていくと、明らかに犯罪的行為以外については、いくら定義が発表されたと言っても、その判断はケースバイケースであるという事に変わりはなさそうです。
ただ、かなり大々的に報道され、厚生労働省も力をいれているようですので、今後、パワハラの被害者が訴え出てくる可能性は高くなったと思います。
パワハラが起こる事で・・・
ひとたびパワハラとなれば、大切な社員の能力が十分に発揮できなくなってしまいます。パワハラを受けている人は言うに及ばず、周囲の人も嫌な空気を味わいます。また、パワハラをしている側の人も、他人に対してそれだけ強く当たるという事は、何か自分自身も大きなストレスを受けているという可能性もあります。パワハラが起きているという事は、会社の中でパワハラ以外の何か別の問題が発生している可能性も示唆しているのです。
さらに、パワハラが契機となってウツと言ったメンタルヘルスにまで問題が波及してしまう事も往々にしてあります。そうなってくると、会社のパフォーマンスが十分に発揮できないというような生ぬるい問題ではなくなってきます。ウツになってしまえば、仕事自体ができなくなってしまいますし、周囲の人間に与える影響も相当に大きくなります。パワハラをしている人の事を周りの人は恐れるようになるでしょう。「嫌な職場」の誕生です。そうなってしまうと、社員はブラック会社に勤めているという認識になってしまい、関係のない人材まで辞めてしまう可能性があります。
そうした人間関係の問題以外にも、裁判などで訴えられて損害賠償請求されるというケースも考えられます。
ここまでくると、対外的な信用問題にまで発展しますし、実際の金銭賠償も行わなければならなくなります。この賠償問題は、単にパワハラをした人と受けた人という単純な構造ではありません。
安全配慮義務と呼ばれる、社員に安全な職場を提供する義務を会社は負っています。これは労働者を雇っている会社はすべて負っている義務ですが、パワハラでうつ病や自殺などが発生すれば、この義務をしっかりと行っていないとされ、パワハラをした人だけでなく会社にも責任ありと判断される事もあります。もちろん、パワハラをした本人にも個人責任が課せられる場合があり、そうなってくると会社内の空気は相当に重苦しいものになってしまうでしょう。
パワハラ防止のために会社ができる事
そこで、会社としてできる対策を考えていく必要があります。
いきなり会社内の人間関係を円滑にする、と言っても一朝一夕にはいきません。まずはできる事からコツコツと。
簡単にできる事として、会社として、又は社長がトップとして、我が社ではパワハラは許しません、という態度を表明する事です。社内報や朝礼、または就業規則など、会社としての姿勢を示す場面はいくつかあります。そういう場で、正式に「パワハラを許さない」という態度を明確にする事から始まります。
次のステップとしては、どういう場面がパワハラになるのか具体例を考え、それを社員に周知する事です。
先ほども見たように、仕事と能力の問題や私生活についてなど、各会社や部門によって事情は異なってきます。自分の会社ではどういう場面が該当するのかという事をはっきりさせなければ、防ぐ事はままなりません。例を示す事で、社員の意識を喚起する事が必要です。
さらに踏み込むなら、パワハラについての研修などを行う事を考えましょう。
単にパワハラ防止研修として行うよりも、スキルアップ研修やマネジメント研修などの研修の中に取り入れるとより効果的です。こうした研修を受講する人たちというのは、人事上、技術上優位な立場に立つ人材です。自分をアップグレードする一環として、自分が周囲に対して強い力を与える可能性があるという事を自覚してもらう事でパワハラの防止につながります。
この他にも専門の相談窓口の設置や専門機関の利用などの方法もありますが、そうしたものも、実際の解決手段という側面もありますが、パワハラを許さないという会社の意思表示という効果も大きいと思われます。
ちょっとした気遣いをできるかどうかで威圧的な態度を思いとどまったり、そういう振る舞いをする人をいさめる事ができたりします。
結局のところは人間関係の問題です。注意の喚起という単純な方法が最も重要な対策となります。また、そうした啓発活動であれば大きな費用もかかりません。逆に手間も費用もかからないにも関わらず放置していたとなると、会社側の責任も大きいと判断されかねません。そういう意味では、これらの対策は、「会社としてできる事」でもありますが、「会社としてやらなければならない事」でもあります。
大きな問題にならないうちに解決を図っていく事が快適な職場づくりのためには大切な事だと思います。
年金の支給年齢引き上げで若者は損をするのか?
厚生年金の支給開始年齢が、65歳から引き上げられようとしています。
金は破綻した」との指摘も(ニューストピックス編集部) – livedoor ニュース
厚生労働省は11日、厚生年金の支給開始年齢引き上げを提案した。政府は、国民の生活に直接関わってくる消費税やたばこ税だけにとどまらず、年金の支給時期を遅らせることで国費の節約を図ろうというのだ。
これに対して、賛否両論渦巻いているわけですが、私の意見としましては、もはや致し方がない処理かな、という諦めの気持ちが強いです。
以下、思いついた事を少し書いてみます。
「100年安心」の厚生年金の実態とは? 支給年齢引上げも止む無し
厚生労働省が100年安心と謳う試算は、何と年利4%で計算されていて、そんな高利回りが今の世で実現できる可能性は限りなく低いわけです。当然、厚生官僚もそのことには気づいているのでしょうが、国家無謬の原則により、「この制度ダメです」とは言えません。高度経済成長がとっくに終わり、「失われた10年」が既に20年にも至ろうとしている今、現状の給付を維持するのは絶対不可能。
今すぐ給付金額を下げるか、近い将来の受給年齢を引き上げるかしか方法はなく、人の心情として、嫌われることはできるだけ後回しにしたいという気持ちなのでしょう。
また、今すぐ改革すると、既に稼得能力を喪失してしまって久しい人達にとってはとても厳しい世の中になってしまい、食っていけない人も相当数出るでしょう。それらの不都合に対して、結局周り回って国が補填しなければならなくなるのは目に見えています。そうなってしまっては改革は改革でなくなってしまいます。社会に与える影響を考えても、後回しにするのは止むを得ないことだという風に思っています。
若年世代は年金をもらえるのか? 70歳まで働き続けられなかったら?
このままの調子でいくと、私(昭和49年生まれ)の年金支給は70歳くらいになってしまうでしょう。個人的に、その年齢まで全く公的年金がなく、働き続けなければならないと思うと気が遠くなる思いがいたします。心身ともに丈夫であればまだ良いのでしょうが、そのどちらにも自信がない身としては、歳をとっても元気でいられる保証はさっぱりない訳でして、病気でもしたらどうしよう、と思うのです。
そうしたらどうしようか、と自分の身に置き換えて考えて見るのですが、案外答えは簡単です。
つまり、働けないのだから「障害年金」を受給すれば良い、という事になります。
障害年金受給の判断に大きな影響を与えるのは「労務不能かどうか」です。何らかの疾病を患って仕事ができないとなれば、障害年金が支給される可能性が出てきます。70歳まで、というくくりで考えると、働けないほどの病気にかかる人は相当程度多くなるのではないでしょうか。
結局、70歳まで働ける人は働くが、そうでない人は、老齢年金の代わりに障害年金をもらう、という図式になりそうに思います。
支給年齢引上げ時代の今だからこそ、年金加入の意義がある!
そこで問題になるのは、国民年金の未納問題です。「将来の年金なんて当てにならない」というのが未納者の常套句ですが、年金支給年齢の引き上げに伴い、障害年金の支給年齢も引き上げられる訳ですから、むしろこの流れでいくと、障害年金は「当てになる」可能性が高くなるのではないでしょうか。
現実に、現行の制度でも、しっかり働いて厚生年金を払っている人が病気になった場合、65歳以上であっても障害年金は支給される可能性があります。ただ、国民年金は65歳までなので、金額的には老齢年金をもらった方が得な事が多いというだけです。
しかし、老齢年金の支給開始年齢が引き上げられれば、障害年金の対象となる年齢も引き上げられると考えるのが道理ですから、障害年金をもらえる人もそれなりに増えていくのではないでしょうか。
あまり気持ちの良い予測ではないですが、現在の障害年金と将来の障害年金では、その意味合いが違ってくるという可能性すら出てきます。すなわち、今は事故や不慮の病気に対応するもので、あまり身近な存在ではないが、将来は老齢年金をもらうまでのつなぎとしての障害年金として、高齢の方にとって身近になってくる、という社会。
「保険」という本来の役割が加入のインセンティブになる
そうなってくると、若い人達でも年金に加入するインセンティブになりうるような気がします。もらえない、もらえない、とばかり思っている人も多い年金制度です。が、金額を下げる方向ではなく、支給開始年齢を引き上げるという方策がしばらくは続くと予想するならば、障害年金としてもらえる可能性はぐっと広がるわけです。
しかも、高齢かつ障害状態という、まさに保険が贖うべき状態をケアしてくれるのですから、保険としても本旨に沿った制度になりうる、とも思えます。
厚生労働省も、そういう方向からアピールをすれば、もう少しは年金未納が減るかもしれないですよね、と思う今日この頃なのでした。
年金もらえる歳まで、希望すれば例外なく雇用継続しなければならなくなる?
高齢化社会というものが着々と進行しているようでありまして。
とうとう来るべき次の時代が幕を開けそうな様子なのであります。
■高年齢者雇用安定法による高年齢者雇用確保措置の選別基準撤廃へ
希望者全員、65歳まで雇用へ 継続の選別基準撤廃 – 47NEWS(よんななニュース)
厚生労働省は12日、高年齢者雇用安定法を改正し、労使合意の上で65歳までの継続雇用者を選別できる「基準制度」を撤廃する方針を固めた。年金の受給開始年齢が段階的に65歳まで引き上げられることを受け、希望者全員が例外なく、受給開始まで仕事を続けられるようにする考え。
厚生労働省のページはこちら
職業安定分科会雇用対策基本問題部会審議会資料|厚生労働省
これまでは定年延長も、事業主側で客観的な基準を設けておく事で、全員を延長する必要はなかったのでありますが、これからは、どうやら希望したら全員を延長しなければならなくなるようです。
大きな会社は何とかなるにせよ、中小企業にとってはかなり痛いのではないでしょうか。
■世代間ギャップの問題と賃金体系
現状でもノンワーキング・リッチと呼ばれる高給を食む中高年者と、ワーキング・プアな若年層との世代間格差が言われており、その問題の一つに、上のポストが空かないからいつまでも若者は下層に甘んじている、というものがあります。
必ずしもそれだけが原因とは思いませんが、実際、いびつな人口構成が続く今後を考えると、大きな問題ではあります。もう定年でいなくなる、と想定していた人達が、やっぱり残ります、となると、当然新規採用は抑制されてしまう訳ですから、失業率にも影響してくるでしょう。
また、実際に提供している労働の価値と報酬との乖離の意味も大きくなるように思います。若年時に貯蓄をして、高齢時にその貯金をおろすというサラリーマンの収入構造を本格的に変革しなければ、日本の雇用制度が大変な事になってしまうように思えてなりません。
また、年功序列が崩れたとは言いながら、やはり年齢の高い方はそれなりの地位にあるもので、日本人の文化的にも、仮に地位が低くとも、年長者を無下に扱う事も難しいということもあり、結局、稼働能力そのものに見あっていないポジションをもらっている人が相当数いるのではないかという懸念がより大きくなります。
■その事はひいては日本の経済力に影を落とす
この事は、単に世代間格差の問題だけにとどまらず、日本の生産力の低下に直結している問題なのだと思っています。中国に抜かれたとはいえ、日本はまだまだ経済大国、などというのはお為ごかし。すでに一人当たりの生産性は先進国の中では最低レベルにあります。働きバチと呼ばれ、現代でもサービス残業、無償の休日出勤、持ち帰り残業などのカウントされていない時間外労働が相当レベルで横行している中でのこの生産性の低さは絶望的とも思えます。中国をして人海戦術の国と嘲笑していたのも今は昔。現在では、低い生産性を多量の人口で補っているのは正に日本なのです。
今の日本の問題点のほとんど全てがこの低生産性にあるのではないかとすら思っています。歳を召した方は、それだけの経験と知識が蓄えられている事は間違いないと思います。ただ、実際に行動する力は残念ながら衰えるものです。であれば、高年齢時の賃金は、論功行賞的な事を一切排除して、持てる知識と経験に基づき、それを如何に現場に落とし込めるのか、という一点のみで評価されるようになるべきなのかも知れません。そして、その事は、一人高年齢者に当てはまる事ではなく、若年者にも当てはまる事です。
■いまこそ賃金制度
畢竟、日本人は個人の能力で勝負した賃金というものから逃げすぎているのではないでしょうか。労働の価値に見あった賃金制度。これこそが今の日本に求められている事なのだと思います。
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